契約書の基本

ビジネスは契約の連続

企業が行うビジネスと契約は切り離すことができません。「営業所のテナントを借りる」のであれば不動産賃貸借契約。「従業員を雇用する」のであれば雇用契約。「商品を販売する」のであれば売買契約。「新商品のデザイン作成を委託する」のであればデザイン委託契約とライセンス契約。ビジネスは契約の連続と言っても過言ではありません。弁護士が関わる企業法務の中でも契約に関する相談は大きなウェイトを占めます。契約書のドラフティングやリーガル・チェックは企業と顧問契約を結ぶ弁護士が日常的に行う業務の一つです。

中小企業における契約法務の重要性

中小企業にとっても契約の重要性に変わりはありません。契約を自社に有利に、法的リスクを少なく結ぶことができれば、その後の取引や契約更新時の交渉も有利に進めることができます。

大企業同士の取引とは異なり、中小企業の場合は契約書の重要性をあまり意識せずに契約を結んでしまう企業もまだまだ珍しくありません。逆に言えば、契約書の重要性を認識した上で自社に有利に作成することを意識すれば、そうした意識を持たない他社に比べて簡単にアドバンテージを得ることができるということです。契約書の中にある条項に一行追加することはお金をかけずに数分でできます。その簡単な心がけで取引先よりも有利な契約上の立場を確保できるのであればやらない手はありません。このページでは、自社に有利な契約を結ぶ前提として知っておいたほうがよい契約法務に関する前提知識をまとめました。

契約とは「法的拘束力を持った約束」

契約とは法的拘束力を持った合意のことです。こういう言い方をすると難しく聞こえますが、要するに契約とは「約束」のことです。A社がある商品を10,000円で売ると言い、これをB社が買うと約束すれば契約は成立します。

ただし、ただの約束ではなく法的拘束力を持っていることが必要になります。たとえば、「友人と週末に1泊2日で温泉に行く約束をした」というのは間違いなく約束ですが、法的拘束力はないと判断されるのが通常でしょう。法的拘束力がない約束は裁判を起こしたとしても裁判所が請求を認めてくれることはありません。先程の例でいうと、温泉旅行に行く約束を破られた側が裁判所に対して「週末に温泉旅行に行くという約束を破ったことに対して契約違反による損害賠償をしてほしい」と請求したとしてもそれが認められることはないということです。このような友人間の人間関係に基づく約束は裁判所が法律によって強制するのになじまないというのがその理由です。もちろん同じく「温泉旅行」に関する約束だったとしても、旅行会社が旅行を手配するという約束であれば立派な契約です。旅行会社が約束に反して旅館や航空券を押さえていなかったとしたら、契約違反すなわち債務不履行の責任を追及することができます。

「法的拘束力のない約束もある」という話をしましたが、特に中小企業の経営者の方に注意しておいていただきたいのは「約束について法的拘束力がないと判断されるのはむしろ例外的なケースだ」ということです。原則はあくまでも「約束すれば契約として拘束される」ということであり、友人間の私生活上の約束のような例外的な場合にのみ法的拘束力がないと判断される可能性があります。ビジネス上の約束について法的拘束力がないと判断されることは通常ありません。契約交渉に臨むにあたっては「約束すれば契約になる」ということを常に念頭に置いて、相手方とやりとりをする必要があります。

契約書がなくても契約は成立する

契約書を作らないと契約は成立しないと考えている経営者の方もいるかもしれませんが、これは間違いです。契約書を作らなくても、先ほど述べた例のように2人の人間が約束をすれば契約は成立します。民法という法律で契約は意思表示が合致すれば成立するのが原則とされているからです。

民法522条
1 契約は、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示(以下「申込み」という。)に対して相手方が承諾をしたときに成立する。
2 契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない。

例外的に契約書がないと契約が成立しない場合

ただし、2項で「法令に特別の定めがある場合を除き」とされているように例外はあります。代表例は保証契約です。保証契約とは債務を負っている人(「主債務者」といいます)に代わって支払いを行うことを内容とする契約です。会社が銀行などで借入れを行うときに会社の代表者個人が連帯保証人になることを求められることがありますが、この連帯保証も保証契約の一種です。連帯保証を含め、保証契約については書面を作らなければ無効とされています。

民法446条
1 保証人は、主たる債務者がその債務を履行しないときに、その履行をする責任を負う。
2 保証契約は、書面でしなければ、その効力を生じない。
3 保証契約がその内容を記録した電磁的記録によってされたときは、その保証契約は、書面によってされたものとみなして、前項の規定を適用する。

逆に言うと、このように法律で「書面を作りなさい」とされていない契約類型については、契約書などの書面を作らなくても契約は有効に成立するということです。これは口約束でも契約は成立するという意味なので、特に中小企業の経営者の方は注意したほうがよいでしょう。相手方企業の営業から企画提案を受けていただけというつもりが、「口頭で発注があった」などと主張されて料金を請求されるというケースも実際に起こりうるからです。もちろん「契約書を作っていないから契約は成立していない」と反論することはできますが、相手方との打ち合わせの際の言葉尻をとらえられて契約の成立を主張され、裁判にまでなってしまうケースもあります。

「契約は口約束でも成立する。」このことを意識して交渉に臨むだけでも後から契約の成立をめぐってトラブルになるのをかなり避けることができるはずです。

契約書の意義①「証拠」

契約が口約束だけでも成立するのであれば、契約書を作る意味というのはどこにあるのでしょう。確かに取引を行うだけであれば、わざわざ時間や労力をかけて契約書をドラフトしたり、印紙代を出して契約書を作成したりする必要はないかもしれません。しかし、ひとたび取引上のトラブルが生じたとき、契約書の有無は決定的に重要な意味を持つことになります。契約書は契約が成立したこと、そしてその契約の内容がどのようなものだったかということを示す証拠です。口約束だけで契約を結んだ場合、後になって「契約は成立していないから代金は支払わない」と取引先が言ってくるかもしれません。そのような場合に双方が署名・押印した契約書があれば「契約は成立していなかった」と主張することは難しくなります。「契約が成立していないならなぜ契約書など作ったのか?」という問いに答えるのは難しいからです。
また、契約が成立していたこと自体は争いがなくても契約の内容について意見の対立が出るということはよくあります。たとえば、次のような契約内容に関するトラブルは非常によく起こります。

・取引の目的物の品質や性能
・製造委託について仕様変更が生じた場合の費用負担
・契約違反があった場合の解除や損害賠償額

上で挙げたものを含め、契約書で契約内容を詳しく定めておけば意見の対立は起きにくくなります。また、それでも起きてしまった意見の対立に対しては契約書の記載が証拠となって早期に決着をつけることができるでしょう。裁判でも契約書は非常に有力な証拠となります。逆に、ビジネス上の取引であるにもかかわらず「契約書がない」ということになれば、裁判官は「本当に契約は成立していたのか?」と疑問を持つことになります。契約書がなければ裁判では「言った」、「言わない」の水掛け論になって裁判手続も長期化してしまいます。これは自社にとっても相手方にとっても好ましいことではありません。

契約書の意義②「交渉材料」

「取引相手が約束を破ったときの証拠になる」というのが契約書の一番重要な役割です。しかし、こうした証拠としての機能だけでなく契約書の条項を工夫することで相手方との交渉を有利に進める材料とすることもできます。たとえば、受注生産品(特注品)の製造販売やソフトウェアや広告デザインの製作受注などでは、開発を進める過程で注文主の要望で仕様変更が何度も起こる場合があります。この場合、ちょっとした手直し程度で対応できるなら追加費用なしに仕様変更に応じる企業もいるかもしれませんが、大幅な変更となると当初の見積金額からの変更が必要になる場合があります。この場合、受注側の企業としては次のような条項を入れておくことで仕様変更の際の交渉を有利に進めることができます。

第〇条(製品の仕様)
1.受注者は発注者に対し別紙仕様書に基づき製品を製造・開発し、完成品を〇年〇月〇日までに発注者に納品する。
2.別紙仕様書で定める製品の仕様変更を希望する場合、発注者は受注者の指定する書式により変更箇所を明示して受注者に申し出を行い、受注者と発注者は仕様変更につき協議するものとする。
3.前項の協議の結果、仕様変更について受注者と発注者が書面により合意したときは、受注者は変更後の仕様書記載の条件で製品を製造・開発し、発注者に納品するものとする。

この条項例では、発注者が仕様変更を希望する場合、受注者に仕様変更を希望する旨の申し出を行い、両社で協議した上で合意した内容で仕様変更を行うということです。これは受注生産品の製造販売取引においてはオーソドックスな手続きであり、何も特別な内容ではないと思われるかもしれません。しかし、仕様変更について協議した結果、発注者が費用の増額や納期の延長の点で譲らないということも考えられます。この場合、受注者が当初の見積りどおりの費用や納期で対応しなければならないとすると非常に不利な立場に置かれます。

こうしたケースで上の例のような条項を入れた契約書が作られていれば、受注者としては「仕様変更について合意せず、あくまでも当初の仕様書に基づいて製品を作って納品する」という主張を行うことが可能になります。「協議の結果、仕様変更について受注者と発注者が書面により合意したときは」仕様が変更されるということは、逆に言えば、両社の間で条件面の折り合いがつかず合意書が作れなかったときは当初の仕様書がそのまま生きてくるということになるからです。もちろん発注者が仕様変更を希望しているのにもとの仕様書のまま製品を作れば、発注者は製品の受取りを拒否したり代金の支払いを拒否したりしてトラブルに発展する可能性はあるでしょう。しかし、発注者としては「仕様変更について受注者と合意書を作れない以上、自分の希望する製品は作ってもらえないし、契約書どおりに行けばその場合に代金も払わなければならない」となれば、仕様変更にともなう費用増額や納期延長に応じる可能性は高くなるはずです。そして、仕様変更について合意書を作ることにしておけば、その合意書に追加費用や新しい納期について書くことができるので、後から「仕様変更による費用の増額や納期の延長は認めていない」といった出張が発注者側から出てくるのを封じることにも役立ちます。

まとめ:契約書を作ることのメリット

以上、契約に関する前提知識と契約書を作ることの重要性について書きました。
最後にまとめとして、契約書を作ることのメリットを整理しておきましょう。

・契約書を作成することで契約の成立や契約内容について争いが起きることを予防できる
・争いが起こった場合でも契約書に書いてあることをベースに話合いができるので早期に円満な解決を図ることができる
・取引上のトラブルで裁判にまで発展した場合であっても契約書を証拠として使うことで早期に決着をつけることが可能になる
・自社に有利な契約条項を入れた契約書を作ることでビジネス上の交渉を優位に進めることができる


次頁では、契約書作成のポイント① 契約書のタイトル について解説します。