契約書のタイトル

契約書のタイトル、迷ったらシンプルに

経営者の方から「この契約にはどんなタイトルをつけたらいいでしょうか?」という質問をしばしば受けます。結論からいうと、契約書のタイトル(表題)にそれほどこだわる必要はありません。契約書はあくまで「中身に何が書かれているか」が重要です。物の売り買いに関する契約なら「売買契約書」などシンプルに考えるのがよいでしょう。

売買や業務委託のようにわかりやすい取引であれば迷うこともありませんが、特殊な契約や複合的な内容を含む取引の場合、タイトルの付け方で迷うことがあります。このような契約書については中身も特殊だったり複雑だったりすることがありますから、弁護士などの専門家に相談してみるのが一番です。ただ、契約書のタイトルだけであれば簡単な対応方法があります。それは単に「契約書」や「合意書」という名前にしておくことです。

タイトルの付け方、気を付けるべきケースとは

このように中身に十分気を配ってさえいれば契約書のタイトルは基本的にそれほど深く考えずにつけても大きな問題はありません。ただし、例外的にタイトルの付け方に気を付けたほうがよいケースもあります。それは「契約書の中身と矛盾するようなタイトルはつけないほうがよい」ということです。

たとえば、商品販売に関する契約なのに「賃貸借契約書」というタイトルをつけると当然混乱します。このような明白なケースを避けるべきなのは当然ですが、わかりにくいケースとして「請負契約書」と「委任契約書」の区別が挙げられます。請負契約も委任契約も民法に定められた契約類型ですが、契約の性質についてかなり異なる部分があるからです。

ごく大雑把に説明すると、請負契約の場合は「特定の仕事(成果)の達成」が契約目的とされるのに対し、委任契約の場合は「特定の成果の達成に向けて誠実に事務を処理すること」が契約目的とされます。あまり違いはないと思われる方もいるかもしれませんが、経営コンサルタントの業務で考えると違いは明白です。委任契約の場合、経営コンサルタントは事業改善や売上アップのために専門家として誠実にアドバイス等を行えば契約上の義務を履行したことになります。これが請負契約ということになると、業績の改善や売上拡大といった成果を実現できないと債務不履行ということになり、報酬も請求できないと判断される可能性もあります。

このように似ていても法的効果に違いのある契約類型がある場合、後から疑義が生じないように契約書のタイトルも気を付けて検討する必要があるでしょう。どのような契約類型で契約書を作ったらよいか迷うケースでは弁護士に相談することをお勧めします。

「覚書だから法的効力がない」とはいえない

取引交渉の中で「覚書」というタイトルで書面を作成することがあるかもしれません。一般的には正式な契約書の締結前に、交渉中に合意した内容をとりあえず書面の形でまとめておく場合に使われます。覚書に書かれた事項については尊重しつつ交渉を進めるが、正式な契約書の締結までは法的拘束力がないというのが当事者の認識である場合が多いでしょう。

英文契約書では同様の趣旨で作成される書面としてMemorandum of Understanding(「MOU」と省略される。「覚書」と日本語訳されることが多い)と呼ばれる書面があります。MOUもやはり交渉中に了解事項をまとめておく趣旨で作成される書面であり、一般的には法的拘束力はないものとして扱われます。

もっとも、「覚書」というタイトルの書面だからといって常に法的拘束力がないと考えるのは早計です。契約実務の中では「法的拘束力はあるが、契約書よりも簡易な形で書面にまとめたい」というケースで「覚書」という名前が使われることがあります。また、元となる契約書に関して合意内容の変更や追加がある場合に契約書を作り直すのではなく、当該事項に関してのみ覚書という形で書面を取り交わすこともあります。こうしたケースでは当然のことながら覚書の中で書かれた事項については法的拘束力が認められることになります。単に「書面のタイトルが覚書だから」という理由その効力が否定されることはありません。

ここでも書面の効力はタイトルではなく中身によって判断されるという点が重要です。「覚書」というタイトルを使っていたとしても書面の書きぶりから「法的拘束力を持った合意の内容をあらわしている」と判断される場合は通常の契約書と同様に履行を強制する効力を備えた書面として扱われる可能性があります。もちろん、「契約交渉中に了解事項をまとめる趣旨で作成した」というような書面の作成経緯も判断要素になりますが、相手方があくまでも「法的拘束力のある合意だった」と主張してきた場合、書面作成の経緯については水掛け論になってしまうので、やはり書面の中身が重視されることになるでしょう。「覚書」というタイトルの書面を作成する場合、中小企業の経営者の方は署名・押印の前に次の点に気を付けていただきたいと思います。

・「覚書」というタイトルであっても法的拘束力があると判断される可能性はある
・法的拘束力のない書面として作成するのであれば、覚書の中で「この書面は交渉中の了解事項について暫定的にまとめたものであり、正式な契約書が作成されるまで法的拘束力は生じない」という確認文言を入れる
・覚書の作成経緯や趣旨については後で争いになりうることを考え、業務日誌などに記録しておく

タイトルがなくても契約書として成立する

覚書のケースと似ている部分がありますが、契約書はタイトルがなくても法的に有効と判断されます。取引相手との間で取引条件を書面に列挙し、末尾に日付と署名を入れたとすれば特に書面のタイトルをつけなかったとしても契約上の合意内容を証する書面(=契約書)と判断されることになるでしょう。

この場合でも「単に交渉中の了解事項を整理したにすぎない」といった主張が認められる可能性はあります。その場合、「タイトルをつけなかったのは正式な契約書とする趣旨ではなかったことを示している」などと主張していくことになるでしょう。もっとも、タイトルをつけなかったからといって必ずこうした主張が通るということにはなりません。「タイトルがないからといって法的拘束力がないとは限らない」ということを頭に置いて相手方との交渉や書面作成に臨むことが大切です。

まとめ:契約書はタイトルではなく中身で決まる

以上、特に中小企業で契約書を作成する際のタイトルの付け方について解説しました。まとめると、契約書は中身のほうが重要であり、タイトルは疑義が生じないようにシンプルにつけるのがよいということです。中身の書き方次第では覚書というタイトルの書面であっても、あるいはタイトルのない書面であったとしても法的拘束力が認められる可能性があります。その点を留意した上で、請負と委任の区別など契約類型について疑問がある場合は弁護士など法律と契約実務の専門家にアドバイスを求めるのがよいでしょう。


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