作成日と効力発生日

2つの日付「作成日」と「効力発生日」

契約書を作る際に問題となる日付が2つあります。契約書の「作成日」と契約の「効力発生日」です。どちらも同じではないかと思う方も多いかもしれませんし、実際、2つの日付が一致するケースのほうが多いでしょう。しかし、厳密にいうと「作成日」と「効力発生日」は区別されます。

「作成日」=契約書を締結した日付

「作成日」とは読んで字のごとく「契約書を作成した日付」を意味します。通常、契約書では契約当事者の署名欄のすぐ上にこの作成日の日付が記載されることが多いでしょう。大きな契約の場合、両社の社長が直接相対して契約書への署名・押印を取り交わす調印式が行われるケースもあります。この場合、契約書の作成日は調印式を執り行った日を入れればよいので話は単純です。

郵送等で契約書をやりとりする場合の作成日はどうするか?

契約書に関して企業の法務担当者の相談を受けていると時々「郵送で契約書をやりとりするのですが作成日の日付はどうしたらよいでしょうか?」と質問を受けることがあります。調印式を開催するなど同一日に両社の署名・押印が完了するケースでは作成日をいつにするかということはあまり問題ありませんが、自社で契約書に署名・押印した後、取引先に契約書を2部送って署名・押印してもらい、そのうち1部を返送してもらう(あるいはその逆)というケースでは、「自社が契約書に署名・押印した日付」と「取引先が契約書の署名・押印した日付」にずれが生じるのが通常です。

この場合の日付の入れ方について法律上決められたルールというものはありません。もっとも、契約書の作成日が「契約書を作成した日付」を意味していると考える以上、契約当事者双方の署名・押印が揃って初めて契約書は完成するはずですから、上記の例では「取引先のほうで送られてきた契約書に署名・押印した日付を入れてもらう」というのが正しい処理ということになるかもしれません。

おすすめは「自社で日付を記入して送る」

しかし、当事務所で上記のような相談を受けた場合は特に理由がない限り「自社の署名・押印を入れた日付を予め記入して取引先に送ってください」とお勧めしています。理由は、日付を空欄のまま取引先に送り、取引先が署名・押印をした日付を記入して返送するよう依頼したとしても取引先が日付の記入を失念してしまうことが時々あるからです。この場合、返送を受けた契約書1部に自社で日付を記入したとしても、取引先の手許にある契約書は日付が空欄のままだったり、日付がずれたりしてしまう可能性があります。もちろん日付の未記入があることを取引先に伝えて改めて記入を求めることもできますが煩雑です。それであれば最初から自社で契約書2部に両方とも同じ日付を記入して取引先に送ったほうが間違いがありませんし簡便です。

当事務所では中小企業や自営業者の方の契約トラブルに関する相談を受けることも多いですが、相談企業様の手許にある契約書の日付が入っていないというケースは意外なほど多いのです。この場合でも相手方との間で契約の成立日について特に争いがないのであれば大きな問題にはなりませんが、その点について争いがあると契約書の日付を主張の根拠にすることができなくなってしまいます。このような事態が起きないよう、契約書の日付は記入してから取引先に送ることをお勧めします。契約書送付の際、「予め日付を記入してそちらにお送りします」と一言断っておけば取引先から問題視されることもまずないでしょう。

逆に、取引先のほうで先に署名・押印した契約書が送られてくる場合、すでに日付の記入がある場合はそのまま署名・押印して1部を返送すればよいですし、日付未記入の契約書が送られてきたときは自社で署名・押印した日付を入れて返送すれば問題ありません。

作成日に注意すべきケースとは?

契約書の作成日についてはすでに述べたとおり、2部ある契約書の日付にずれが生じたり、空欄のままになったりするような事態が起きないように処理すれば基本的に問題ありません。ただし、例外的に契約書の作成日に注意を払うべきケースも存在します。たとえば、資金繰りが思わしくない取引先との契約の場合、後から契約を詐害行為として取り消されたり、破産手続の中で否認されたりしてしまうリスクが出てきます。一般的には契約日が後になるほどこうしたリスクが高まるため、ビジネス判断としてやむなくこうした状態にある企業と契約を結ぶときは契約書の作成日が後にならないように気を付ける必要があるでしょう。そのほか他社との間で競業避止義務を負わされているケースで、競業避止義務の期間満了後に競業範囲に属する取引を行う場合は契約書上も作成の日付が期間満了後になるよう注意する必要があります。

契約書の作成日について慎重な判断が必要になるケースはそれほど多くありませんが、そうしたケースの場合は法的リスクが大きいため、弁護士などの法律の専門家のアドバイスを受けながら契約書の作成を進める必要があります。

「効力発生日」=契約の効力が発生する日付

作成日と似ていながら異なる日付として契約の効力発生日があります。これは契約が効力を発揮する日付を指します。効力発生日は作成日と同日であることもありますが、別の日付とされることもあります。たとえば、契約書の中に「この契約は〇〇年〇〇月〇〇日から1年間有効とする」という条項があれば、この「〇〇年〇〇月〇〇日」が契約の効力発生日となります。こうした条項がある場合、逆に言うと「〇〇年〇〇月〇〇日」より前の時点では契約の効力は発生していない、つまり将来のことについて取り決めた契約ということを意味します。なお、「この契約は作成日から1年間有効とする」という条項であれば、作成日と効力発生日は一致します。

効力発生日が到来していないと契約書の義務違反を問うことはできないという点に注意が必要です。たとえば、業務提携に関する契約で提携分野における競業を禁止する条項を入れてあったとしても、契約の効力発生日が契約成立から2ヵ月後とされている場合、その2ヵ月間に相手方が競業行為を行っても原則として契約上の責任を追及することはできません。何らかの事情で効力発生日を先延ばしにしなければならないが、その間に競業行為を行われては困るというケースでは、たとえば、「本契約の効力発生日にかかわらず競業行為の禁止に関する条項については本契約書の作成日より有効とする」といった条項を入れて手当てしておく必要があるでしょう。

作成日のバックデートはすべきか?

企業の法務部担当者からの質問で多いのが「契約書の細かい条項に関する交渉に時間がかかってしまい、契約書の作成が遅れてしまった。その間にも契約の基本的な合意に基づいて両社の取引は進んでいる。契約書の日付を過去に遡らせて(バックデートさせて)もよいか」というものがあります。契約書は完成していなかったがすでに契約に基づいて取引が動いているので、契約書の作成日を遡らせて取引開始時にすでに契約書が完成していたという形をとりたいという希望です。

結論から言うと、このように契約書の作成日を遡らせるバックデートはお勧めできません。理由として、後から契約書の作成日について争いになったときに契約書に書かれた作成日と実際の作成日に齟齬が出てしまうからです。バックデートが1日や2日ならまだしも、数ヵ月単位で日付を遡ってしまうと後からトラブルが起きた場合のリスクも大きくなります。

上記のようなケースでは作成日を操作するのではなく契約の効力発生日を過去に遡らせたほうが妥当なことが多いでしょう。たとえば、「本契約は〇〇年〇〇月〇〇日以降、本契約書の作成日までに当事者間で行われた取引についても適用される」といった条項を入れておけばすでに動いている取引についても契約の効力を及ぼすことができます。

まとめ:作成日と効力発生日を意識して契約書を作成する

中小企業の方が契約書を作成する際、契約書の作成日と契約の効力発生日はあまり意識することがないかもしれません。しかし、契約書は契約の成立とその内容を証明する重要な証拠ですので、日付についても十分注意を払う必要があります。作成日と効力発生日については以下の点に留意して契約書を作成することが大切です。

・自社と取引先にある契約書の日付(作成日)にずれが生じないようにする
・破綻懸念先との取引などのケースでは契約書の作成日に十分注意する
・契約の効力発生日が作成日とずれる場合は効力発生までの間に相手方に遵守させる必要のある規定がないか検討する
・契約書の作成日はバックデートせずに契約の効力発生日を遡らせる

次頁では契約書作成のポイント③ 契約上の義務と禁止事項の特定について解説します。