知的財産とは

使う人によって変わる言葉の定義「知的財産」

知的財産は「知財」と省略して呼ばれることが多いですが、それが何を指すかについてはその言葉を使う人によって異なる場合があります。主として特許のことを念頭に置いて知財という言葉を使う人もいれば、意匠、商標、著作権のほか営業秘密やノウハウなどを含む、より広い意味で使う人もいます。知的財産基本法では知的財産について次のように定義していますが、これは知財の定義の中でもかなり広いものといえます。

知的財産基本法第2条1項
この法律で「知的財産」とは、発明、考案、植物の新品種、意匠、著作物その他の人間の創造的活動により生み出されるもの(発見又は解明がされた自然の法則又は現象であって、産業上の利用可能性があるものを含む。)、商標、商号その他事業活動に用いられる商品又は役務を表示するもの及び営業秘密その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報をいう

このままだとわかりにくいため、分解すると知的財産とは次の3類型に分類することができます。

人間の創造的活動により生み出されるもの例 発明、考案、意匠、著作物など
事業活動に用いられる商品または役務を表示するもの例 商標、商号など
事業活動に有用な技術上または営業上の情報例 営業秘密など

知財を専門に扱う国連機関「WIPO」による説明

ちなみに、知的財産権制度の発展を管轄する国連の専門機関である世界知的所有権機関(World Intellectual Property Organization 略称「WIPO」)は、知的財産(Intellectual Property)について以下のように説明しています。

知的財産とは、発明、文芸的および芸術的作品、デザイン、ならびに商業上利用されるシンボル、名称および図像などの精神的創作物を指す。

世界知的所有権機関ウェブサイト「知的財産について(About IP)」より抜粋(弊所訳)https://www.wipo.int/about-ip/en/

日本の知的財産基本法の定義と概ね一致しますが、WIPOの説明では営業秘密を含むかどうかという点があまり明確ではありません。とはいえ、「精神的創作物」(原文ではcreations of the mind)には企業に蓄積されたノウハウなど営業秘密も含まれることになるでしょう。

知的財産の種類

知的財産基本法の定義やWIPOの説明を見てもわかるとおり、一口に知的財産(知財)といってもそこには様々なものが含まれます。代表的な知的財産を挙げると以下の表のようになります。

知財の種類内容保護制度
発明自然法則を利用した技術的思想のうち高度のもの特許権
考案自然法則を利用した技術的思想の創作実用新案権
意匠物品の形状等、建築物の形状等または画像であって視覚を通じて美観を起こさせるもの意匠権
デッドコピーに対しては不正競争防止法上の保護も与えられる
著作物思想または感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術または音楽の範囲に属するもの著作権
商標人の知覚によって認識することができるもののうち、文字、図形、記号、立体的形状、色彩、音などの標章であって、商品または役務について使用されるもの商標権
著名商標等については不正競争防止法上の保護も与えられる
商号商人(個人事業主)または会社の名称商法および会社法に基づく不正の目的による誤認のおそれのある名称の使用禁止
著名商号等については不正競争防止法上の保護も与えられる
営業秘密秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上または営業上の情報であって公然と知られていないもの不正競争防止法上の保護
地理的表示特定の場所、地域、国を生産地とすることをあらわす農林水産物等の名称特定農林水産物等の名称の保護に関する法律による保護

知的財産のポイント「形を持たない財産である」ということ

知的財産は別称として「無形資産」という呼び方をされることもあります。この無形資産とは有形資産の対義語です。不動産、什器、備品、消耗品など形・実体のある財産を有形資産と呼びます。これに対して、無形資産は形・実体のない財産を意味します。無形資産・有形資産は税務・会計上の用語です。

特許や商標などの知的財産には形がありません。もちろん特許権の対象となる発明を使った製品やその設計図、商標登録済みのロゴを入れた会社の看板は実体がありますが、特許や商標など知的財産の価値はそうした物自体ではなく、優れた技術や消費者に認知されたブランドなどがもたらす競争力や競合他社との差別化にあります。

特に中小企業が自社の知的財産の活用を考える場合、「知的財産は形を持たない財産である」というポイントを意識することが重要です。形のある財産を守るのは、金庫に保管するなど物理的にわかりやすい方法をとることができますが、形のない財産である知財を守る場合はこれとは全く違う発想をする必要があります。このことは自社のロゴの入った商品をいくら厳重に保管していたとしても、他社にそれと類似したロゴを使われてしまうと自社の利益が害されてしまうということを考えればわかると思います。形がない財産を守るために重要となるのが「権利化」と「契約」です。

知財保護の方法① 権利化

知的財産を保護するため、日本を含む世界各国で法令による保護制度が設けられています。たとえば、発明を保護するために作られた法律として特許法があり、この法律の要件を満たす発明のうち所定の手続を踏んで出願・登録を行ったものに対しては特許権という排他的な権利が与えられます。自社の発明につき特許権を取得していれば、自社以外の者がその発明を使って製品を作ろうとした場合、特許法に基づいてそれを差し止めることができますし、他者による製造・販売により自社が損害を受けた場合はその損害の賠償を求めることができるようになります。法律による保護を受けるための手続を踏むことを一般に知財の「権利化」と呼びます。

知的財産の多くは権利化のために所定の手続を踏んで登録を受ける必要があります。特許、実用新案登録、意匠登録、商標登録などがその例です。したがって、こうした知的財産について法律に基づく排他権の付与等の保護を受けるために所定の登録手続を踏むことが権利化の第一歩となります。

他方、登録不要で保護を受けられるものとして著作権や不正競争防止法に基づく営業秘密の保護があります。もっとも、著作権について権利の移転を第三者に対抗するためには登録を受けなければならないものとされているなど、一定の場合には登録手続が必要になる場合もあります。また、不正競争防止法により営業秘密として保護されるためには自社内で適切に秘密管理のための措置を講じておく必要が出てきます。このように権利化のために登録等の手続自体は不要であっても、法律に基づく保護を受けるために必要な手順を踏まなければならないということは珍しくありません。あまり一般的ではありませんが、このように登録不要の知財について保護を受けるために必要な手順を踏むことも権利化と呼ぶことがあります。

自社で保有する様々な知的財産を保護し活用していくことを検討している企業は、まず、知的財産の種類ごとに権利化のために必要な手続や手順を確認するのがその第一歩となります。

知的財産の保護② 契約

特許、実用新案、意匠、商標など、法律により保護される権利は基本的に誰に対してでも権利主張を行うことが可能です。たとえば、自社が特許を保有している発明を全く取引関係や契約関係のない第三者が使用した場合であっても特許権に基づく差止めや損害賠償請求などの措置をとることが可能です。つまり、法律に基づく保護を受けるだけであれば契約で取決めを行っておくことは必ずしも必要ないということです。

しかし、法律により与えられる権利としての保護だけでは自社の知財を保護するのに十分ではないということが往々にしてあります。たとえば、次に挙げるようなケースでは法律による保護だけでは知財に対する自社の利益を守ることが困難です。

他社と技術の共同開発や共同研究を行う場合

この場合、共同開発・研究を行って得られた新規技術について自社と他社にどのように権利帰属するかということを契約で決めておく必要があります。仮に共同開発等の結果として得られた発明につき特許の要件を満たす場合であっても、共同発明に該当するときは、特許を受ける権利は発明者全員の共有となります。この場合、特定の発明者が単独で特許出願を行うことはできず、共有者全員で特許出願する必要があります(特許法第38条)。この共同出願をスムーズに進めるためにも事前に相手方との契約で取決めを行っておくことが重要です。

営業秘密を他者に開示する場合

業務委託や業務提携を行う場合、委託先や提携先に対して自社の営業秘密を開示する必要が出てくる場合があります。有用性のある営業秘密は不正競争防止法により保護を受けることができますが、そのためには秘密管理性(秘密として管理されていること)と非公知性(公然と知られていないこと)の要件を満たす必要があります。他社に情報を開示する場合に秘密保持義務(守秘義務)を課さずに開示してしまうと、秘密管理性が失われてしまうおそれがあります。また、正当に営業秘密の開示を受けた委託先や提携先による第三者への開示行為が不正競争となるのは「不正の利益を得る目的」または開示元に対して「損害を加える目的」で開示行為が行われることが必要となります(不正競争防止法第2条1項7号)。逆に言うと、誤って(過失で)営業秘密が漏洩してしまったというケースでは不正競争防止法上の保護を受けることができません。そうした漏洩の結果、営業秘密について公知となってしまい、不正競争防止法上の保護が受けられなくなってしまうというリスクもあります。そのため、こうした過失による漏洩が起きないようにするためには契約で営業秘密の管理方法を定めるとともに、漏洩の場合の損害賠償や違約金についても定めを置いておくことが重要となります。

法律では保護の対象とならない知財を保護しようとする場合

企業が保有する知的財産の中には法律により保護されないものもあります。たとえば、新規商品やサービスのアイディアやコンセプトは特許の要件を満たさない限り、法律による保護は受けられないケースがほとんどです。しかし、特許要件を満たさなくても他社に先駆けて商品化やサービス運営を開始することで得られる先行者利益は企業にとって大きなビジネス上の価値があります。そのため、自社が温めているアイディアやコンセプトについて商品化を模索して業務委託先候補に開示する場合、そうしたアイディアやコンセプトの第三者への漏洩禁止や流用禁止を秘密保持契約書で定めておくことは非常に大きな意味があります。個人の発明家や作家が企画持込みを行う場合などもこうした秘密保持契約書を企業と締結することが大切です。

知的財産のまとめ

知的財産(知財)には特許や商標だけでなく様々なものが含まれます。中小企業が自社の知財を保護し活用を図っていくためには、まず、弁理士や知財を取り扱う弁護士など専門家の助言を受けつつ自社内にある知財の棚卸しを行うことが第一歩です。そして、知財の種類に応じて法律による保護を受けるための権利化や取引先との契約による保護の方策を検討します。知財の保護・活用の仕方は当該企業の業種や知財の種類・性質によって千差万別であるため、自社に合ったオーダーメイドの知財戦略を一緒に考えてくれる専門家を探すことが重要です。


次頁では知財法務の基本② 特許について解説します。