契約上の義務と禁止事項の特定
目次
契約書を作る上で特に重要度の高い条項
中小企業や個人事業主の場合、契約書の作成を行わずに取引を進めるケースも珍しくないかもしれません。大企業の場合は法務部など契約書の作成を専門に行う部署がありますが、そうした専門の部署に人員を割けない場合は営業担当者などが契約書の作成まで行う必要があり、十分な時間や労力をかけるのが困難というケースもあります。
契約書を作成せずに取引を進めることはトラブル発生のリスクを高めますし、契約に関してトラブルが起きた場合の解決も長引くことになります。なるべく時間や労力をかけることなく契約書を作成する方法がわかれば中小企業にとって大きなアドバンテージになります。そのためには「重要度の高い条項を最低限、契約書に盛り込む」ということがポイントです。一口に「重要度の高い条項」といっても取引の内容や自社の立場、相手方のとの関係などによって変わってきます。しかし、契約書の作成にあまり慣れていない企業の方が自社で契約書を作成する際、最低限これだけは検討したほうがよいというものがあります。以下、重要度の高い順に並べてみます。
・その契約で「しなければならないこと」と「してはいけないこと」 ・契約違反があったときの取扱い(特に違約金と免責に関する条項) ・途中解約の可否と条件 |
このページでは、このうち一番目の、契約において「しなければならないこと」と「してはならないこと」をしっかり取り決めておく重要性について解説します。
契約上の義務の特定
「しなければならないこと」と「してはならないこと」
まず、契約書で一番重要なのはその契約で「しなければならないこと」と「してはならないこと」が明記されているかどうかという点です。これは契約上の義務と禁止事項に関する規定ということです。たとえば、「商品を期日までに引き渡す」や「代金を支払う」というのが「しなければならないこと」の典型例です。一方、「開示された営業秘密を他者に漏洩しない」などが「してはならないこと」の例です。
では、こうした義務と禁止事項を契約書に書く必要があるのはなぜでしょうか。そのことを考えるにあたっては、逆に契約書に書かれていない事項についてはどう扱われるのかということを考えると理解しやすいと思います。
たとえば、契約書に「〇〇日までに商品を引き渡すこと」、「商品の引渡しの後に代金〇〇円を支払うこと」という条項しかなかった場合のことを考えてみます。商品の引渡しが期日通りに行われなかった場合の契約解除や損害賠償について契約書には書かれていません。この場合、商品の引渡しを受けられなかった買主は売主に対して何の責任追及もできないかというと、決してそのようなことはありません。契約書に書かれていなかったとしても、一定の要件を満たす場合、買主は売主に対して契約解除ができますし、損害賠償を求めることもできます。それは民法という法律により契約解除や損害賠償が認められるからです。たとえば契約の解除に関して、民法では次のように定められています。
民法541条
当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。ただし、その期間を経過した時における債務の不履行がその契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるときは、この限りでない
要するに、売主が契約上の債務である商品の引渡しを履行しなかった場合、買主としては相当の期間内に引渡しをするよう要求(催告)し、その期間内に引渡しがなされないときは契約を解除できるというのが民法の原則です。契約書で解除に関する取決めを行っていなかったとしても、商品の引渡しを受けられなかった買主はこの条項に基づいて契約解除を行うことが可能です。
契約解除以外の問題、たとえば債務不履行の場合の損害賠償や引き渡された目的物に不具合(瑕疵)があったときの取扱いなどについても民法には規定があります。民法上は代表的な契約類型である贈与、売買、賃貸借、請負、委任など14種類の契約類型については契約の効果について規定が置かれています。一般的なビジネス上の取引であれば、大体はこの14種類のうちどれかの契約類型に該当するか、その組合せであると解釈されます。そのため、契約書で書かれていない事項があったとしても、かなりの部分については民法という法律によってどういう効果が発生するかが決まることになります。
「何を相手方にさせたいか」は法律では決められない
これに対し、契約上の義務の内容自体は民法によって直ちに決まるものではありません。たとえば、売買契約を考えてみると、「引き渡すべき商品は何か」、「商品の品質や仕様はどういうものか」、「引渡し期限はいつまでか」、「引渡しの方法はどうするか」という義務の内容は契約の当事者が決めなければ話が始まりません。「代金がいくらか」という点についても同じです。民法などの法律はあくまでも契約当事者が「この契約ではこれをしてもらう」ということを決めた後に足りない部分についてその内容を補充するというものであり、「契約で何を実現したいか」を法律の側で決めてもらうことはできないのです。
取引を進める上でも、この「何をしてもらうか」ということが曖昧だったり、解釈の余地があったりするためにトラブルになるということは決して珍しくありません。たとえば、特注の機械部品を製造して納品してもらう契約を例にとると、この部品の仕様について契約書で厳密に定められていなかったために納品後に「品質不良だ」、「いや、仕様通りに作っている」と紛争が起こることがあります。受注側がどのような部品を作って納品するかを厳密に契約書で定めておけば防げることの多いトラブルです。しかし、仕様通りに製造されているかどうかを判断するために契約書やそれに付属する仕様書の記載が曖昧だと、それらの書面を交渉の根拠にすることができません。その結果、意見の対立が裁判まで持ち込まれ、解決が長引くことになります。これは取引の当事者双方にとって決して好ましいことではありません。
「何をしてもらっては困るか」を契約書に明示することで自社の利益を守る
契約上の禁止事項、すなわち「この契約でこれをしてもらっては困る」ということも民法などの法律では補充されない場合が多い部分です。たとえば、業務提携契約において、これから協力関係を築いていこうというときに相手方が競合他社とも同じような業務提携を行ってしまうと業務提携の目的自体が達成できなくなるおそれがあります。しかし、業務提携を行ったからといって当該分野において競合他社と提携してはならないということは民法その他の法律で当然に決められているというものではありません。もちろん、民法上の信義則(1条2項)などを根拠にそのような契約上の義務があると判断されるケースはありえますが、必ずそのような解釈・判断がなされるとは限りません。そのため、その契約に関して取引先にやられては困ること、つまり禁止させたい事項があるときは契約書にきちんと明記しておくことが大切になります。
先程述べた「何を相手方にさせたいか」という点については契約当事者である企業にとってわかりやすいことが多いのですが、「相手方に何をされては困るか」ということは上手く考え付かないというケースが多々あります。契約における禁止事項は「取引相手が契約の裏をかいて不誠実な行動をしてくるかもしれない」という想定に立って、そうした不誠実な行動を行う余地を予めふさいでおくという発想で検討するものです。言わば性悪説に立って取引先や契約関係を見なければならないため、取引先への信頼を前提に日々の業務を行っている企業の経営者や営業担当者の方にはやりにくい部分といえます。
契約書における禁止事項も取引内容等によって千差万別ですが、次のような事項については禁止事項を設けることを検討しておくとよいでしょう。
・契約に関して相手方に自社のノウハウ、顧客情報、技術情報などの営業秘密を開示することにならないか。その可能性がある場合はこれらの営業秘密を契約目的外に利用したり、第三者に開示したりすることを禁止する必要がある。 ・業務提携契約などにおいて契約期間中に相手方の競業行為を禁止する必要がないか。契約内容によっては契約期間中だけでなく契約期間終了後も一定期間、競業行為を禁止しておく必要がある場合もある。 ・製品の共同開発契約や技術の共同研究契約などにおいて共同して開発・研究した成果に関する知的財産はどう取り扱うか。相手方に無断で特許出願や改良等をされては困るというケースではそれらの行為を禁止しておく必要がある。 |
上で示したのはあくまで一例であり、禁止事項を検討する際のヒントです。契約内容によっては上記以外の禁止事項を入れなければならないケースもあります。この点、弁護士は契約上のトラブルが起きたときに出番となることが多いため、性悪説に立って契約関係を分析することが得意です。そのため、この禁止事項を考えるにあたっては短時間でよいので弁護士への相談を行い、アドバイスを受けることをお勧めします。
次頁では契約書作成のポイント④ 違約金に関する条項について解説します。