名誉毀損
目次
企業の評判や信用は「名誉」という権利として保護される
会社であれ個人事業主であれ企業がビジネスを行っていく上で評判や信用は何よりも大切な財産です。「あの会社が作っている商品だから買う」、「信頼できるお店だからいつも利用している」そう言ってくれるお客様がいるからこそ商売が成り立ちます。
たとえば、一日に100万円分の製品を生産してくれる機械があるとして、それを誰かが故意に壊したとしたら、会社がその損害の賠償を請求できるのは当然ですし、そのような破壊行為は器物損壊罪(刑法261条)として犯罪にもなります。
会社の評判や信用の場合も同じです。長年の企業努力で積み重ねてきた評判・信用のおかげでたくさんのお得意様が毎日100万円分の買い物をしてくれるお店があったとして、その評判・信用を破壊する行為はビジネスで使っている機械を壊すのと同じか、またはそれ以上の損害をもたらす行為といえます。
法律上、会社の評判や信用は「名誉」という権利として保護されています。たとえば、民法では名誉を侵害する行為が不法行為として損害賠償の対象となることがはっきりと定められています。
第709条(不法行為による損害賠償)
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
第710条(財産以外の損害の賠償)
他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない。
第723条(名誉毀損における原状回復)
他人の名誉を毀損した者に対しては、裁判所は、被害者の請求により、損害賠償に代えて、又は損害賠償とともに、名誉を回復するのに適当な処分を命ずることができる。
「会社には名誉はない」は間違い
企業の方々を対象とする誹謗中傷や名誉毀損への対応について相談を受けたり講演でお話しする際、私が必ず説明するようにしていることがあります。それは「会社であっても名誉は法律で保護されている」ということです。
「名誉」と聞くと、何か主観的・感情的に誇れること、すなわち自尊心のようなものをイメージされる方も多いかもしれません。そして、会社自体には心がないので会社には名誉がないと思われる方もいるでしょう。しかし、法律の世界における名誉は単なる自尊心とは違います。
法律上、名誉とは「社会一般から受ける評価や信用」を意味します。つまり、その人自身が自分についてどう感じているかというよりも、周りからどう思われているか、どう評価されているかが問題です。だから、会社自体に自尊心のようなものがないとしても、顧客や取引先から受ける評価や信用がある以上、それは名誉として保護されます。
また、「会社には人のような感情はないから会社への名誉毀損に対して慰謝料を請求することはできない」というのも誤りです。会社や企業の信用や評判を貶める行為が行われると、それまでの企業努力で積み重ねてきた信用・評判が損なわれます。そうしたイメージの低下により会社・企業にはいわゆる無形の損害が生じていると評価されるため、そのような無形の損害を賠償させるために慰謝料に相当する金銭の請求が認められています。会社をはじめとするいわゆる法人の名誉も法律上保護の対象となり、かつ慰謝料の請求も可能であることは、最高裁判所の判例でも確認されています。
昭和39年1月28日最高裁第一小法廷判決 病院(財団法人)について誹謗中傷する内容の新聞記事について、名誉毀損が成立するかどうかが争いとなった事案。控訴審では、「法人には精神上の苦痛ということを考えることができないから、いわゆる慰謝料を請求することができない」という判断が出された。これに対して、上告審である最高裁では「法人の名誉権侵害の場合は金銭評価の可能な無形の損害の発生すること必ずしも絶無ではなく、そのような損害は加害者をして金銭でもつて賠償させるのを社会観念上至当とすべきである」と述べて慰謝料請求を認めた。 |
企業に対する名誉毀損は「不法行為」である
最初の部分でも説明しましたが、会社などの企業に対して、その評判や信用を害する行為はその名誉を侵害したものとして不法行為となります。不法行為が成立するのは簡単に言うと、次の3つの要件が全て当てはまる場合です。
①法律上保護される利益を侵害したこと ②故意または過失があること ③それにより損害が発生したこと |
会社・企業であってもその評判や信用が名誉として法律上保護されることは先程述べたとおりです。したがって、会社・企業の評判や信用を貶める行為は①を満たします。また、通常のケースでは、名誉毀損行為を行う加害者は自分の行為(たとえばSNS上に悪評を書き込む行為、取引先に嘘の情報を流して中傷する行為など)が会社・企業の評判・信用を下げるとわかっていてそのような行為をしていますから、故意がある場合がほとんどです。そのため②もクリアできます。そして、名誉毀損行為によって会社に何らかの損害が生じているといえる場合であれば③も満たし、不法行為が成立することになります。
不法行為が成立する場合、会社・企業は加害者に対して名誉毀損行為により生じた損害の賠償を求めることができます。また、例外的なケースにはなりますが、名誉毀損行為が依然として続いている場合はその差止め(停止)を請求したり、謝罪広告などの措置をとることを請求できる場合もあります。
損害が具体的に算定できなくても諦める必要はない
③の損害については少し考えなければならない部分があります。それは名誉毀損によって会社・企業にどの程度の損害が生じたかということは一般に算定が難しいということです。もちろん名誉毀損が行われる前と後とでお店の売上が明らかに落ちているというケースでは、その下落分が名誉毀損のために生じた損害だとの推定は働く場合が多いでしょう。しかし、売上が落ちたのは名誉毀損があったからだけではないかもしれません。商品の需要が落ちたり、昨今のコロナウイルスの問題で消費が冷え込んだりといった事情のために生じた売上の落ち込みというのもあるかもしれません。評判や信用がその会社・企業にとって密接に結びつくものであるからこそ、逆にそれが侵害された場合の損害の算定というのは難しくなります。
しかし、名誉毀損により生じた具体的な損害額が算定できないからといって加害者への損害賠償請求を諦める必要はありません。それは先程も説明したように、会社・企業に対する名誉毀損については無形の損害に対する慰謝料に相当する金額の請求が認められているからです。
慰謝料の金額は裁判所が様々な事情を考慮して決定します。たとえば、加害行為の悪質性、頻度、継続期間、それによる被害企業のビジネスの生じた影響の大きさ、経営者、株主、従業員等の関係者の被害感情、加害者の謝罪対応等の有無など名誉毀損に関連する事情が考慮されて金額の決定がなされます。そのため、こうした事情をきちんと主張することができるのであれば、「名誉毀損で〇〇円の売上の下落がありました」ということが仮に言えなかったとしても少なくとも慰謝料として金銭の支払を加害者に求めることができるのです。
もちろん名誉毀損によって生じた売上の落ち込みや取引機会の喪失による損害を具体的に主張・立証できるのであれば、それは有形の損害として加害者に賠償を求めることができます。これは上で述べた慰謝料とあわせて請求できるため、損害算定の根拠があるのであれば積極的にそれも主張したほうが有利であることは言うまでもありません。
会社・企業に対する名誉毀損は犯罪にもなり得る
名誉毀損が不法行為になることとあわせて押さえておく必要があるのは、「会社・企業に対する名誉毀損は犯罪になりうる」ということです。具体的には名誉毀損罪(刑法230条)、信用毀損罪・偽計業務妨害罪(刑法233条)などの犯罪に該当する可能性があります。信用毀損罪については別の項目で説明しますので、ここでは名誉毀損罪に関して説明することにします。
刑法第230条(名誉毀損)
1 公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。
2 死者の名誉を毀損した者は、虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ、罰しない。
名誉毀損罪の成立要件について簡単に説明すると、次の3つの要件を全てクリアすることです。
①事実を何らかの方法で指摘すること ②その事実の指摘が公然と行われていること ③事実の指摘により名誉が侵害されること ④故意があること |
まず、①について、名誉毀損罪が成立するためには事実を指摘する行為が行われる必要があります。これは少しわかりにくいですが、たとえば「馬鹿」とか「間抜け」のような単なる罵倒であれば具体的な事実を指摘したことにはならないため名誉毀損罪は成立しないと考えられることになります。そのような単なる罵倒に対しては別途、侮辱罪(刑法231条)が成立する可能性がありますが、名誉毀損罪は成立しません。
また、②の要件との関係で、事実の指摘行為が「公然と」行われる必要があります。たとえば、家族の食卓の席でどこかの会社の製品の悪口を言ったりすることはあるでしょうが、このような限られた人間の間だけで話されている内容については「公然と行われたとはいえない」という理由で名誉毀損罪の成立が否定されます。もっとも、事実の指摘行為が少人数の中だけで行われたとしても、それが噂のような形で他の人にも伝わる可能性がある場合は公然性の要件を満たすと判断される場合があります。たとえば、同業者内で一つの企業を孤立させるために同業者の一人に特に口止めもせずに悪評を流す場合は、通常はその噂が他にも広まる可能性がありますから「公然と」行われたと評価することができるでしょう。このあたりの判断は具体的なケースによって微妙に異なってくるため名誉毀損罪にあたるかどうかは弁護士などの法律専門家のアドバイスを受けたほうがよいでしょう。
③の名誉侵害については不法行為のところで説明したことがほぼそのまま当てはまります。刑法上も名誉とは他人からの評価・信用と理解されています。したがって、他人からの評価・信用を低下させるような事実の指摘がなされれば③の要件をクリアします。この点に関連して、「本当のことを指摘した場合でも名誉毀損になるのか」という疑問を持つ方もいるかもしれませんが、たとえ本当のことを指摘したとしても、それによりその会社・企業の評価が下がれば名誉毀損は成立します。ただし、この後で解説するように本当の事実を告げる行為は一定の場合に違法性がない合法的な行為だと判断されるケースはあります。
最後に④の故意についてです。これは条文上ははっきり書かれていませんが、クリアしなければならない要件です。刑法上、犯罪が成立するためには故意がなければならないのが原則です。例外的に故意がなくても過失があれば成立する犯罪もありますが、それは過失で行った場合に成立すると刑法に書かれている犯罪類型だけです。名誉毀損罪は特に過失犯についての規定がないので故意がなければ犯罪となりません。故意とはごく簡単にいうと「自分の行為が犯罪になると知りながら行った」ということを意味します。一般に、会社・企業の評価・信用を下げる行為を意図的に行っていれば故意の要件は満たします。
名誉毀損罪が成立するケースでは警察が動いてくれる
上で述べた名誉毀損罪の成立要件をクリアする場合、加害者の行為は民法上の不法行為に該当するだけでなく犯罪となります。犯罪に該当するということは犯罪捜査を担当する警察がその事件を摘発するために動くことができるということを意味します。これは被害企業にとって非常に大きな意味を持っています。
特に現代的な名誉毀損行為であるインターネット上のSNSや掲示板、口コミサイトへの書込みの場合、匿名で行われるケースが多く、加害者が誰かわからないということは珍しくありません。この場合、被害企業としては損害賠償請求を行いたくても加害者がわからないのでどうすることもできないということが起こります。インターネット上の書込みに対してはプロバイダ責任制限法という法律に基づく発信者情報の開示等の手続により加害者を特定することができる場合もありますが、費用・時間・労力の面で特に中小企業や小規模事業者の場合には断念せざるを得ないというケースは多いでしょう。
ところが名誉毀損行為が犯罪に該当する場合、捜査権限を有する警察が加害者の特定と刑事処分のために動いてくれます。そのため、上手く捜査が進めば被害企業の側で加害者の特定のための手続を行わなくても警察のおかげで加害者が判明することが期待できます。もちろん警察は被害者の被害回復のために動くわけではないので、加害者が判明した後の損害賠償請求は別途行う必要が出てくるものの、加害者の特定という非常に厄介な手続を警察に任せることができるというのは特に中小企業にとっては大きなメリットです。
また、警察の捜査による刑事手続の中で被害回復が行われる可能性も高まる面があります。犯罪に対しては最終的に検察官が起訴するかどうかを決めることになりますが、その決定の際に被害者への賠償や示談が済んでいるかということが大きく考慮されます。そのため、起訴を望まない加害者としては自ら進んで被害者に賠償や示談を申し入れてくることがあります。特に弁護人が就いている場合は弁護人経由で賠償や示談の話が持ち込まれるケースは非常に多いでしょう。賠償・示談が済まないと刑事裁判がつく(前科がつく)ということになれば交渉上も被害者側が非常に有利です。そのためわざわざ損害賠償請求のための民事裁判を起こさなくても有利な形で慰謝料等の支払を受けられる可能性が高まります。
警察に動いてもらうための3つのポイント
このように会社・企業が名誉毀損による被害を受けた場合、警察に捜査を行ってもらうことはとても大きなメリットがあります。そのため、できるだけ警察に積極的に動いてもらうことが大切になりますが、残念ながら警察も持ち込まれる全ての事件について全力を尽くして捜査するというわけではありません。捜査に割ける人員にも限りがあるため、当然、重点的に捜査してくれるケースとそれほどでもないケースが出てきます。
警察に積極的に動いてもらうためには大きく分けて3つのポイントがあります。
①しっかりした告訴状を作成して提出する ②可能な限り証拠を収集・整理して提供する ③被害に関してきちんと説明する |
まず、①の告訴状ですが、これが最も重要なポイントです。それは告訴がないと警察としては動きたくても動けないからです。名誉毀損罪は被害者の告訴がなければ検察官による起訴ができません。こうした犯罪を親告罪と呼びます。
(親告罪)
第232条(親告罪)
1 この章の罪(※)は、告訴がなければ公訴を提起することができない。
2 (省略) ※名誉毀損罪と侮辱罪を指す。
親告罪については適法な告訴がなければ最終的に刑事裁判にかけることができないため頑張って警察が捜査を行っても全て無駄足になる可能性があります。そのため、告訴が見込めないケースでは警察が捜査のために動いてくれることは基本的にないと考えてよいでしょう。そのためきちんと効力のある適式な告訴状を作成して提出することが非常に重要です。
告訴状には具体的にどのような行為が何の犯罪にあたるかということを記載する必要があります。これは先程説明した名誉毀損罪の要件をクリアしているということを書けばよいのですが、刑法に詳しくない経営者の方が書くのはやや難しい面があります。告訴状の作成にあたり弁護士をはじめとする法律の専門家に相談しながら行うか、作成自体を依頼したほうが確実でしょう。ちなみに弁護士以外であれば、警察署に提出する告訴状は行政書士、検察庁に提出する告訴状は司法書士に依頼して作成してもらうこともできます。ただ、どちらも刑事事件そのものを扱うことはできないため、手続の流れや警察・検察の動き方、加害者との示談交渉についてよく理解している弁護士の方が一般には相談先として適切な場合が多いと言えます。
証拠収集のポイントは書面化と記録化
告訴状の作成と並んで、②の証拠収集は③の警察への説明の前段階としても重要なポイントです。警察としても捜査を進めるにあたり、手掛かりとなる証拠が多くあり、被害者の説明から事実関係が整理できているほうが動きやすいため、積極的に捜査を進めてくれる可能性があります。
証拠の収集と整理について、ポイントとなるのは「書面や記録として残す」ということです。たとえば、インターネット上の誹謗中傷や風評被害であれば問題の書込みを画面のスクリーンショットや写真撮影によって保存しておく。関係者や取引先への悪評であれば、関係者等から聞いた話を録音や日付入りのメモや日記のような形で残しておく。非常に地味な作業ですが、こうした証拠化を行っておくことで警察も書面や記録をもとに捜査を進めることができますし、警察への被害事実の説明もやりやすくなります。また、このように証拠化をしておくことで民事の裁判でも証拠として使えるため必ず行うようにしてください。
また、証拠の収集・整理との関係で見落とされがちな点として、会社・企業の経営者等の精神的苦痛というものがあります。たとえば、経営者と会社がほぼ一心同体といえるような小規模なビジネスの場合、会社への誹謗中傷がそのまま経営者自身の心に大きな傷を与えるということは決して珍しくありません。不眠、食欲不振、不安感、鬱症状などの心身の不調が出ることもあります。このような経営者の精神的被害の大きさというものも警察が積極的に捜査を進めてくれるポイントの一つになります。警察としても悪質な事件、被害者の被害が大きい事件のほうを優先的に捜査したいと考えますから、名誉毀損行為の結果どれだけ苦しんでいるかということは警察にしっかりわかってもらう必要があります。そのため名誉毀損に対して経営者がどう感じたかということを日記として残したり、心療内科などの病院を受診して診断書を書いてもらっておいたりすることは証拠の収集という点で重要です。
証拠に基づいて、時系列に沿って説明すること
このように収集・整理した証拠を提示した上で警察に被害についての説明を行うということが3つ目のポイントになります。警察で事情聴取を受ける際は必ず手許にある関係書類、録音記録などを全て持参するようにしましょう。
また、警察に話をしに行く前に一度、被害事実について時系列に沿って整理しておくのも有効です。自分で体験した被害だったとしても、他人から聞かれた場合に順を追って説明するのはなかなか難しいことです。特に時期・日付については前もって整理しておかないと、その場で思い出して説明するのは難しい場合が多いでしょう。私も企業の経営者の方から誹謗中傷について相談を受けた際、色々な出来事の時期をお尋ねしてもかなり曖昧にしか答えられないというケースがよくあります。警察としても捜査を進めていく上で、いつ頃、何が起こったかということはきちんと把握しておきたいと考えるはずですから、あらかじめ時系列に沿って事実を整理しておくことはとても大切です。
なお、警察に被害事実を話しに行くのは特に決まったやり方があるわけではありませんが、警察相談ダイヤル(#9110)にかけて電話で概略を説明した上でアポイントをとって警察署に行くという流れだとスムーズでしょう。警察相談ダイヤルは専用電話番号である#9110を電話機でダイヤルすると当該地域を管轄する警察署の相談担当につながるというものです。この電話相談の中でどういう資料を持参したらよいかなどを確認した上で最寄りの警察署に出頭するようにすると初回の面談時から適切な説明ができるでしょう。
名誉毀損に関するまとめ
本ページでは会社・企業に対する誹謗中傷等について名誉毀損への対応という観点から解説しました。特に中小企業が被害を受けた場合の対応のポイントとしては警察に動いてもらえるようにきちんと証拠化を行い、しっかりした事情説明を行えるようにしておくとともに法的に有効な告訴状を作成・提出するということです。そのために弁護士をはじめとする専門家に相談するのは非常に有益なため利用を検討されることをお勧めします。
次頁では信用毀損について解説します。