初めての取引先との交渉
目次
初回の取引がその後のビジネスの成否を決める
どんな商品やサービスを扱うビジネスであっても取引のない企業・会社というものはありえません。新しく事業を立ち上げたばかりのスタート・アップ企業から老舗の中堅企業まで、ビジネスには取引がつきものです。
取引を自社にとって可能な限り有利に、そして取引のリスクをなるべく小さくすることができればその後の事業展開にも良い影響を与えます。本ページでは主として企業間の取引(BtoB)の場面で新規の取引先と交渉を行う際の法的な留意点と成功のためのポイントを弁護士が解説します。
最初の商談前に行うべきこと―相手方の情報を調査する
取引とその後のビジネスの成功のためには取引交渉に臨むより前にすべきことがあります。それは相手方企業の情報を調査するということです。新規の取引先との交渉は様々な形で始まります。別の取引先からの紹介というケースもあれば、自社のウェブサイトや宣伝広告を見ての引合いというケースもあるでしょう。自社が買い手であれば会社への飛込み営業というケースも考えられます。
信頼のおける第三者や取引先からの紹介などで相手方の素性や財務状況についてよくわかっているというケースであればいきなり契約交渉に入ることも悪くはありません。しかし、全くつながりのない会社からの取引のオファーには注意が必要です。相手方の素性や財務状況がわからない企業との取引には次のようなリスクがあります。
●こちらが売り手の場合、相手方に代金を支払うだけの十分な資金があるかわからない。商品を納品したのに代金の支払が滞るというリスクがある。
●こちらが買い手の場合、相手方の商品・サービスの品質や供給体制がわからない。代金を支払ったのに満足のいく商品・サービスが得られないというリスクがある。
新規の引合いには「取り込み詐欺」でないか注意が必要
特に自社が売り手のケースでは、素性の知れない企業からの取引のオファーはいわゆる「取り込み詐欺」の可能性が否定できません。取り込み詐欺とは、代金後払いで大量の商品を発注して納品を受けたまま代金を支払わず連絡がとれなくなるという手口の詐欺です。初回から数回の発注は少量の注文で、きちんと代金の支払も行い、売り手企業が信頼した頃に大口の発注を後払いで発注し、商品を持ち逃げするというのがパターンです。
取り込み詐欺のケースでは相手方企業に次のような特徴があることが多いです。これらの兆候がないかどうか確認し、場合によっては取引を見送ったほうがよいでしょう。
●買い手企業のある地域から遠方にある会社からの発注である(所在地まで実際に確認に行くのが難しい)
●それまで取引実績がなくウェブサイトや宣伝広告などを見ての突然の取引オファーである
●色々な理由をつけて対面での交渉を避けようとする
●登記が存在しない架空の会社か、または登記が存在していても社名、本店所在地、代表者が頻繁に変わっている(休眠会社を詐欺グループが買い取って使っているケースがある)
交渉前の調査の具体的な方法
取り込み詐欺は極端な例であるとしても、相手方企業の情報が少ない場合、本格的な交渉前に可能な範囲で情報収集と調査を行っておくことは自社のリスクを減らすために非常に重要です。比較的簡単で、かつ、お金をかけずにできる調査方法としては次に挙げるようなものがあります。是非実践してみてください。
●相手方企業のウェブサイトがあるかインターネット検索してみる
●ウェブサイトがある場合、そのサイトのドメイン名についてWhois検索をしてみる(ウェブサイトの開設時期がわかる。最近開設したばかりだと警戒したほうがよい)
●相手方企業の登記を取ってみる(会社の本店所在地と社名を教えてもらえば取得可能。もし登記が存在しない場合、架空の会社であると判断できる)
●登記簿上、会社の代表者となっている人物についてインターネットで検索をかけてみる(過去に詐欺等の事件を同名の人物が起こしていないか。詐欺グループは前科のある人物の名義を買ってペーパーカンパニーの代表者に据えていることがある)
●会社の所在地が比較的近い場合は現地に行って直接面談する
●遠方のため現地に行くことが難しい場合、Google MapのGoogle Street Viewで現地の状況を調べてみる(「工場があるはずなのにない」、「会社なのに普通の住宅である」といったケースは警戒したほうがよい)
●相手方企業の情報を何か知っていないか同業者に聞いてみる
契約交渉における最善策は「自社で契約書の文案を作ること」
商品の価格や数量についてはまさにビジネスそのものですから、取引に臨む経営者や営業担当者も十分注意して契約交渉に臨むのが通常です。しかし、契約条件の有利・不利は価格や販売数量だけで決まるものではありません。たとえば、納品した商品の品質に問題があった場合にどのように処理するかという点一つをとっても、「代替品を改めて引き渡す」、「返品させてその分の値引きをする」などの方法があります。「代替品を改めて引き渡す」という場合でも代替品の引渡しまでのタイムラグに生じた買い手の損害はどうするのか(賠償する必要があるのかないか)という点も問題になります。また、「代替品を改めて引き渡す」のか「返品させて値引きをする」のかという選択権が買い手にあるか売り手にあるかによってもビジネス上の有利・不利は大きく変わってくるでしょう。
しかし、商品の代金や販売数量と比べてこのような付随的な契約条件についてはあまり意識されないということが珍しくありません。市販されている契約書の雛型やインターネット上で公開されているテンプレートをそのまま流用して使っているというケースも多いでしょう。もちろん取引が円満に完了すれば上で述べたようなことはそれほど問題になりません。しかし、ひとたびトラブルが起こると契約書にどういう条項が入っているかによってビジネス上の有利・不利が決定的に変わってきます。契約書の条項が自社に不利な場合、交渉でそれを覆そうとするのは非常に大変です。相手方企業に譲歩してもらえたとしても次の取引では不利な条件を飲まなければならなくなるかもしれません。万一の場合に備えるとともに継続するビジネスで自社の有利な立場を維持するためにも契約書の条項には十分注意を払う必要があります。
契約書を作成する際に特にどのような点に注意すべきかは別のページで詳しく解説しますが、契約交渉の際のポイントは何よりも「自社に有利に作ってある契約書の文案を相手方企業に提示する」ということです。
契約を結ぶ際、相手方企業から契約書の文案を示されたときのことを考えてみてください。ほとんどの場合、契約書の条項の大幅な修正を求めるようなことをせず、文案のまま契約を締結するのではないでしょうか。「相手方の用意してくれた契約書の案に文句をつけるのは気が引ける」という心理も働きます。修正要望を申し入れるとしても小幅な修正にとどまるケースが多いはずです。最初に提示された契約書案が相手方の有利に作ってあったとしたら、最終的に結ばれる契約書はほとんどの場合、全体として相手方に有利なままでしょう。
逆に言えば、自社に有利に作り込んである契約書の案を相手方企業に提示できれば、ほとんど修正も入らずに自社に有利な契約を結べるということです。近時は契約書の重要性も多少意識されるようにはなってきましたが、このような全体的傾向はまだまだ変わっていません。だからこそ「自社に有利な契約書を作って相手方に提示する」というシンプルなことが何よりも有効な交渉上の戦略になるのです。
相手方から契約書案を示された場合の対応―修正要望を必ず入れる
上で述べたとおり、契約書の文案はこちらが作って相手方に投げるのが一番の戦略です。しかし、状況によってはこれが難しいケースもあるでしょう。自社があまり行わない取引分野の場合、社内にきちんとした雛型が用意されていないというケースもあります。契約書の文案を相手方から先に示されてしまった場合はどう対応したらよいのでしょうか。
この場合、「相手方の提示する契約書案は基本的に相手方の有利に作られている」という意識で契約書の中身をチェックすることがまず大切となります。契約書の条項のうち何が特に重要かというのは取引の内容によっても変わってきますが、一般的には次の条項は自社にとって大きなリスクとなる場合が多いため重点的なチェックが必要です。
●契約違反に対して違約金を課すとする条項
●契約違反があった場合の責任を免除する条項(損害賠償額の上限を定める条項もこの一種です)
●契約の解除や途中解約について定める条項
このほか、知財に関わる契約や自社のノウハウを相手方に提供する契約では知財に関する権利の帰属やノウハウの秘密管理(秘密保持)に関する条項も非常に重要です。しかし、先程も述べたとおり、契約書の条項のうち何が重要になるかは取引内容によって千差万別であるため弁護士など契約実務に精通した法律専門家のアドバイスを受けたほうがよいでしょう。
相手方から示された契約書案の中に自社に不利な条項がある場合、修正要望を申し入れることをためらうべきではありません。ただ、相手方企業との力関係によっては大幅な修正を要望するのは難しいというケースもあるでしょう。その場合、次のような方法で修正申入れを行うことで要望を受け入れてもらいやすくなることがあります。
●自社にとって特にリスクの大きい条項を厳選して取り上げて修正してもらう
●相手方に一方的に有利になっている条項について自社と相手方の双方に適用される形に修正する(たとえば、相手方の損害賠償の範囲だけを限定する形の条項を「両当事者の損害賠償の範囲は〇〇に限定される」という形に修正する、など
●相手方に一方的に有利になっている条項について「両社で協議して決める」など交渉の余地のある形に修正する(たとえば、「納期に遅れた場合、そのために生じた全ての損害を賠償させる」という条項を「納期に遅れた場合の損失の負担の範囲については当事者間で協議して定める」と修正する、など)
また、修正要望を出す口実として「弁護士から指摘があったので」という理由を持ち出すことも一つの方法です。経営者や営業担当者自身が相手方の契約書に不満を持っているという形だと角が立つこともありますが、「外部の専門家のアドバイスで仕方なく」という形をとると心情的にも受け入れてもらいやすい場合があります。その意味でも契約書について弁護士に相談してみるのは有効と言えます。
初めての取引先との交渉のポイントのまとめ
新規の取引先との契約は事前の調査によりリスクをしっかり見極めつつ、有利な契約条件で契約締結を行うことで、その後、長く続くかもしれないビジネスを自社に有利に進められます。新しい取引先との交渉の際は是非次のポイントを意識して取り組んでみてください。
●交渉を進める前に相手方企業の情報を収集・調査する
●自社に有利な契約書の文案を作って相手方企業に提示する
●相手方企業から提示された契約書の文案は必要に応じて弁護士からのアドバイスを受けつつ修正要望を行う